保育はナイチンゲール以前

子育て中の親が、3歳までの子どもに対して実施した声がけが子どもの脳の発達に決定的な影響を与えることを述べた「Thirty Million Words: Building a Child’s Brain」という本がある。この本を「3000万語の格差」というタイトルで和訳し、さらに日本の現状と課題を記した、あたかも本が一冊増えてしまったかと思われるほど濃密で長大な日本版解説を書かれた高山静子先生にお会いしたことがある。高山先生はこの翻訳のみならず、保育の専門性に関わる極めて多くの著書があり、他の保育系研究者と同様、純粋で真摯な情熱を持って研究に取り組まれている。高山先生からは、保育のプロの立場から数々の興味深いお話を伺うことができたが、その中で私に最も刺さった言葉は「保育はナイチンゲール以前」というものであった。つまり、医療分野においてはナイチンゲールが統計学や可視化などのテクノロジーを現場活動に適用することによりそのパフォーマンスを飛躍的に向上させ、近代的な情報伝達システムの必要性まで広く知らしめたが、保育においてはこれと比肩しうるような科学的手法が十分に適用されておらず、今もって直感と経験に基づいた、非効率的な実践が行われているということなのである。

なぜ医学領域ではテクノロジーの導入が進んでいるのに、保育領域では今もってレガシーな手法が適用され続けているのだろうか。それは、子育てには明確な課題や正解が見出しづらいことが一因かもしれない。ナイチンゲールが赴いた戦地のみならず、医療・看護の現場では、損傷や疾患など明確に解決すべき課題があり、そのいわば正常状態から外れたものを、なるべく正常な状態に戻すことができれば課題が解決されたものと見なされる。しかし、保育対象の多くは元々大きな課題のない「正常な」子どもである。これをいかに良い人間に育てるか、という問いに対しては、文化圏や時代背景によって根本的な人間観、すなわち、どのような人間が「良い人間」と捉えられるかが異なる以上、普遍的な答えが存在していないことは明らかである。そしてこの人間観の差異は、実際には文化圏レベルよりも遥かに細分化されており、家庭ごとどころか、夫婦間ですら必ずしも一致していないのである。このように、何を解決すべきかがわからない課題へのアプローチが遅れるのは、ある程度仕方ないことだと言うことは可能かもしれない。

しかし、現代に生きる私たちは、ナイチンゲールが指し示した世界の変化を知っている。その時代よりも遥かに進んだ技術も装置も、学ぶための平易な教材もある。個別の価値観の違いを吸収する、フレキシブルなソフトウェアを作ることもできる。だから、保育の科学化に取り組むのにナイチンゲールほどの才能と行動力は不要であり、それであれば、もしかしたら人生迷い続けたままとっくに折り返してしまった私でもなんとか取り組める研究分野かもしれないと考えた。

国内の保育施設へのICT導入要因

覗いてみると、保育業界、特に日本の保育業界には大きな嵐の予報が出ていた。少子化の嵐である。しかし、地方はともかく都市部にはまだその嵐は到来しておらず、むしろその逆の待機児童・保留児童問題、そして保育士が足りない、すぐやめてしまうという潜在保育士問題が業界を席巻していた。そして、その解決策として考えられていたものの一つが業務効率化であり、行政もその効率化の柱として保育ICT化のために大規模な補助金を割り当て、クラウドベースの保育園管理システムや、保育現場センシングのための装置など、多くのサービスが生まれた。コドモン・Kidsly・ルクミーなど、保育園に子どもを預けている方であれば聞いたことがあるかもしれない。また、2019年から「保育博」という展示会が開始され、この業界の見本市としての機能を果たし始めている。コドモン社では毎年保育業界カオスマップというものを公開しており、この業界の発展ぶり、そしてサービスが細分化されていく様子がビジュアルにわかるのでご興味のある方はぜひご参照いただきたい。

【保育関連ITサービス】カオスマップ2022年版 公開いたしました

保育ICT化の流れはそんなわけで、補助金目当てではあったかもしれないが、日本国内に保育園とテクノロジーの橋渡しをする業界を新しく作り出した。もちろん、これまであまりにもレガシーであった現場が皆すぐにその世界に適応できたわけではない。保育ICTが当たり前のインフラになるのに、まだいくばくかの時間はかかるかもしれないが、すでに一定の手応えを感じている園や保護者は少なくないはずである。新型コロナの蔓延もこの流れを後押しした。人間同士の接触が前提となる現場でありながら、園が長期閉園する、あるいはかなり続けて休む園児がいる。この状況が長期化する中で保育活動を止め続けることは、保育園の使命に反する。閉園中の園の保育士がYouTubeで配信を始めたり、保護者との連絡がノートではなくスマホアプリに切り替わる、あるいは苦しい経営の中から非接触の体温計を導入するなど、これまでテクノロジーに対してアレルギーともいうべき反応を示していた保育業界が、ついに重い腰を上げ始めたのである。

さて、このように現場はICTとの格闘を続けているのだが、嵐の予報はどうなったのだろうか。待機児童の数はコンスタントに減り、2021年の時点で8割超の自治体ではすでに解消したとされている。私が住む千葉市も、すでに三年連続で待機児童ゼロを達成している。ただしこれには新型コロナによる入園控えの影響もあるのと、国定義の待機児童とはかなり狭義であり、希望する認可保育園に入れない、いわゆる保留児童はむしろ増えている自治体も少なくないという事実がある。ここには定義による数字のトリックがある。

とはいえ少子化の嵐はもはや避けがたい暗黒の近未来である。厚労省の予測では2025年くらいをピークに、保育所を利用する児童数は減少すると見られている。その後は、待機児童問題対策として数多く設置された保育園の経営が軒並み立ち行かなくなる、大倒産あるいは大統廃合時代が訪れる。その傾向はすでに出ている。試しに「保育園 M&A」で検索をかけてみると、売りに出されている保育園が意外に多いことがわかるだろう。保育業界は経営の観点からはいわゆる下山経営なのである。こうなると、結局のところ保育園に子どもを入れる困難さは解消せず、子育てが困難な状況が継続し、さらに少子化が進むという悪循環が予想される。保育園側からこの問題を見ると、自園が生き残りをかけて、競争力を身に付けなければならない時代が来るということである。そのための武器とは、一体なんであろうか。考える余裕のある園は知恵を捻り、さらに準備をする余裕がある園は、色々と手を打ち始めているのが現在の保育園経営の姿であろう。

保育にこれから取り組むには、こういった現状を踏まえる必要がある。一方で、こういった社会背景がありつつも、子育てというテーマは人類が継続する限りなくなることはない。つまり保育という研究対象には、社会的問題の解決という側面と、子育てそのものに内在する問題を解決するという二つの側面が存在する。これまで日本国内で進められてきた保育ICTの流れは、社会的問題の解決という動機が大きかったことは否めない。しかし、ナイチンゲールが科学的手法の導入により解決したのは、医療の社会的側面であったのだろうか。そうではないだろう。医療行為を科学的にサポートすることの有効性を示したのであり、それは時代的、文化的な文脈によらず普遍的な価値を持っている。

ベビーテック

では、子育てに内在する課題を解決するという目的でのテクノロジー活用は、どの程度進んだのであろうか。こちらは、私の知る限りでは、IoTブームが来る前までは、LENAStoryparkなど、先見の明のあるプロジェクトが点在しているにすぎなかったが、2016年にCESでベビーテックサミットというイベントが開催されたことがシンボルとなり、子育てテクノロジーが一つの産業分野として認知され、調乳や検温、入眠支援や呼吸検知など、様々な製品群が生まれてきている。国内でもベビーテック産業は堅調な広がりを見せている。前述の保育博でも、CESのBabyTech Awardに倣い、日本版BabyTech Awardが開催されている。

ベビーテックには面白い製品が多いと思う。人生において子どもを持つことは、結婚するよりも大きな転換をもたらすと主張する人が一定数いる。私もその意見に与する一人である。子どもを持つことにより、時間的にも、空間的にも、思考的にも経済的にも、あらゆる面で大転換を迫られ、それまで自分の成長の過程で培ってきた価値観や生活における優先順位を根本から考え直さなければならなくなる。この驚くべき変化をサポートするための人々の知恵を結集したり、これから知恵を作り出そうとする新しい試みが次々となされているのがベビーテックという分野なのである。

では、ベビーテックは子育てに科学的手法を持ち込む助けになっているのだろうか?
ベビーテック製品には、子育ての困りごとを解決するお役立ちアイテム的なものも多く、この答えを一概に述べることは難しいが、物によっては近づいていると思う。とりわけ、センシングを行うシステムのほとんどはスマホあるいはクラウドにデータを蓄積するようになっており、統計的処理や予測を組み合わせているものも出てきている。また、自動データ収集でなくても、例えば保護者が乳児の摂食や排泄、睡眠などの様子を細かく記録することができ、保護者の努力次第ではこれまでにないボリュームの子どもの記録をつけることができるアプリが登場してきている。データ分析の観点からは宝の山のような世界が始まりつつあると思う。これからのベビーテック分野の更なる発展が楽しみである。

今後の展望

最後に、私が今後重要だと考える分野、あるいは私が取り組みたいと思っている分野に関して、特にデータの観点から述べておきたい。これらは全て、情報が分散していることに関する課題意識であり、統計学などの科学的手法を適用するための前提となる要件である。

家庭のデータと保育施設のデータの接続

ベビーテック分野が盛り上がっているといっても、現状は各製品が独立して存在し、データの質や粒度は様々で、相互交換も(Appleヘルスケアなどの部分的な統合の試みはあるものの)十分とは言えない。一方、保育園管理システムの多くは園の運営業務の事務的作業の軽減をもたらすにとどまっており、子どもそのものに関する情報は、出欠や体温などを除けば保育士が手作業で記述する文章の形で定性的に記録されているのがほとんどである。ベビーテック分野の成果を利用したり、保育園ならではの子どもデータ一括収集システムを開発することにより、子どもが長時間過ごす保育園での情報を収集し、それを家庭のデータと接続することにより、子どもの生活全般をデータとして描くことができる。これによって、子どもが受け取るものや、外部に表出するものの総体を理解することができ、分析対象とすることができる。

乳幼児期のデータと児童・青年期のデータの接続

「幼児教育の経済学」ヘックマン著をはじめとして、幼児期の体験が社会全体に波及する効果の大きさが声高に主張されているにもかかわらず、それは限られた追跡研究の成果をエビデンスとするものに限られており、文化圏や時代背景を教育の観点から、あるいは社会への真の波及効果の点から理解したり、個別の子どもの体験を検討し、教育のカスタマイズを可能にするボリュームに達していない。日本では、幼保小連携は基本的に「保育所児童保育要録」「幼稚園幼児指導要録」「認定こども園こども要録」という短い書類を小学校に送付するだけであり、それですら小学校ではほとんど読まれていないという報告もある。教諭間の交流などを通じてこの接続を太くしようという試みもあるが、問題はそれだけでなく、情報の流れが一方向である点に着目する必要がある。つまり、乳幼児期の教育は、その成果を知ることなく手探りで行われているのが現状なのである。このような教育のフィードバックループが働くようになれば、乳幼児期の体験をより効果的に改善していくことができると考えられる。一人の人間に関する膨大なデータを、幼少期から青年期に渡って蓄積し、参照できるようにすることには、巨大なプライバシーの壁が立ちはだかるが、これも現代の暗号化・匿名化技術を適用することにより大部分は解決可能であると考える。

子育て知識のグローバルな共有

子育ては人類全体のテーマであるにもかかわらず、生まれた環境によって子どもの体験の質が大幅に異なり、様々な種類の人間が形成されている。これにより、人類の多様性が担保されているという考え方もできるが、一方で、基本的人権を侵害している場合が多々あるのも事実である。これは必ずしも政治体制の質に依存するような大規模な話だけではなく、日本国内でも「親ガチャ」とも揶揄されるように、ほとんど均質な社会であっても家庭環境の差によって、子どもの将来は大きな影響を受ける。これは、経済格差が主要なファクターだとされているが、似たような経済レベルの家庭であっても、親が子育てに関してどの程度の知識を持つかによって差が出てくる。このため例えば、親から子どもへの声かけを測定する装置を軸としたLENAプロジェクトでは、装置の普及促進だけでなく、声かけの重要性を知らしめるための啓発活動をセットで行っている。子どもとの接し方は、本能だけで獲得できるスキルではない。まずは子どもが安心して暮らせる環境を整えること、脅しや罰を基調とした接し方は間違いであること、そういった基本的な幼児教育における必要条件は、文化や政治体制の違いを超えた普遍的なものであり、全人類で共有されるべきものである。現在の子育て知識は、現在は書籍やウェブサイトなどのメディアを中心に展開されており、もともと情報感度の高い親が能動的に探しにいく必要があり、多くの親はその恩恵を受けていない。こと国内では、以前は存在した世代間の子育て知識の伝達パスが核家族化の進行により途切れており、メディア以外だと保育園と親同士の交流くらいしか情報の入り口がない。SNSやプッシュ技術の応用など、テクノロジーを活用して今後探求されるべき分野であると思う。

まとめ

以上、子育てとテクノロジーの現状と近未来予測について、私なりにまとめてみた。

子育て分野は様々な価値観を吸収していく必要があり、ナイチンゲールが取り組んだ医療分野とは質的に異なる面はあるものの、テクノロジーを用いた変革の機運は高まっており、こと国内においては積極的に進めるべき要因がある。少子化が保育園業界に大きな衝撃を与える時代を迎えて、いかに各保育園が競争力を獲得していくべきか、という観点からも、テクノロジー導入を進めるニーズが一層高まってくると考えられる。

最後に提言した、今後のデータ統合に関する夢は、一人の天才の登場により叶えられる性質のものではない。子育てを改善することは、自分自身そして人類全体の未来を改善することだと考え、私も多くの仲間と一緒に、地道に取り組んでいきたいと思う。

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