論文紹介 · IJIET · 2026
標準化された子ども同士のいざこざ場面における 保育者の介入タイミングをVRで観察する手法
A VR-Based Method for Observing Caregiver Intervention Timing under Standardized Childcare Conflict Scenes
Shigeru Owada, Kokone Sato, Shunsuke Kikuchi, Hidenori Aoki, Momoko Nakatani, Yuki Taoka, Tetsuhito Sakata, Midori Takahashi, Mikako Ishibashiソニーコンピュータサイエンス研究所・東京科学大学・大妻女子大学・学習院大学・江戸川大学
VR
保育の質
介入タイミング
ECEC
探索的研究
Fig. 1 — 仮想保育室内で子ども同士のいざこざ場面に介入する保育者。介入タイミングと事前プロファイリングの関係を探索するために使用された。
01 · 研究の概要
子ども同士のいざこざに保育者が「いつ」介入するかは、保育の質を左右する重要な専門的判断です。しかし実際の保育現場は文脈依存性が高く再現が難しいため、複数の保育者の行動を同一条件で比較することは困難でした。本研究は、VR空間に仮想保育室を構築し、標準化されたいざこざ場面に対する保育者の介入タイミングを客観的・定量的に観察する新しい方法論的枠組みを提案します。
背景
「いつ介入するか」は未開拓
従来研究は介入の「方法」(どう介入するか)に集中し、「タイミング」(いつ介入するか)は方法論的にアクセス困難なまま残されていた。質問紙や現場観察では、標準化された条件での比較ができない。
提案
VR仮想保育室での標準化観察
HMDを装着した保育者が仮想保育室で1歳児のいざこざ場面を体験。子どもに触れた時点を「介入」として記録し、全員に同一場面を提示することで介入までの時間を直接比較可能にした。
主な発見
信念・ストレスとの関連
介入タイミングには大きな個人差があり、職場ストレスの低さや「子どもの自己解決を重視する信念」が遅い介入と関連。信念は頭部回転(能動的な視覚探索)とも有意に相関した。
実験データシート
SHEET 01
2025.02–06 実施
3尺度
AS(適性)・NTSS(ストレス)・SCI(信念)
r = 0.43
自己解決重視の信念 × 頭部回転速度(p = 0.02)
02 · 手法
実験の3フェーズ
事前質問紙 — 基本属性に加え、保育者適性尺度(AS)、保育者ストレス尺度(NTSS)、Social Conflict Inventory(SCI)で保育者をプロファイリング
仮想保育室での介入実験 — 質問紙の1週間以上後に実施。HMD(PICO4 Enterprise)で頭部・手の位置と向き、音声、視界映像を記録
事後質問紙 — Triandisの行動モデルに基づき介入理由を調査
標準化のポイント
全保育者に同一の場面を提示できる
個人差が現れやすいよう場面を設計できる
HMD内蔵センサーで行動を正確に記録できる
子どもの動きはモーションキャプチャで収録し、Unityで子どもモデルに適用
子どもに触れた時点を「介入」として記録し場面終了
使用した3つの尺度
事前質問紙では以下の3尺度で保育者をプロファイリングした。参加者の負担を減らすため、ASとNTSSは因子負荷の高い項目のみに短縮して使用している。
AS · 保育者適性尺度
ニュートラルな性格特性
愛他性・共感性・論理的思考性・気働き・社交性・行動力・養育性の7領域。本実験では各領域の因子負荷トップ2項目、計14問を5段階(全くあてはまらない〜非常にあてはまる)で実施。ストレス下ではないニュートラルな性格特性を知るために用いられた。
藤村和久(2010)「保育士,幼稚園教諭を目指す学生のための保育者適性尺度の構成」大阪樟蔭女子大学人間科学研究紀要, 9.
NTSS · 保育士ストレス評定尺度
日常の職務ストレス
「子ども対応・理解」「職場人間関係」「保護者対応」「時間の欠如」「保育所方針とのズレ」の5下位尺度から因子負荷 .6以上の計18問を使用(「給料待遇」は除外)。各項目へのストレスを5段階(全く感じない〜非常に感じる)で回答。
赤田太郎(2010)「保育士ストレス評定尺度の作成と信頼性・妥当性の検討」心理学研究, 81(2), 158–166.
SCI · Social Conflict Inventory
いざこざ介入への信念
子ども同士のいざこざへの介入に関する信念を測る20問(4段階)。一般的指向性11問・ファシリテーション(自己解決の手助けの重視)4問・停止性(すぐに止めることの重視)5問の3下位尺度で構成され、全問を実施。
Chen, D. W., & Smith, K. E. (2002). The social conflict inventory (SCI): A measure of beliefs about classroom peer conflicts. Journal of Early Childhood Teacher Education , 23(4), 299–313.
3つのいざこざ場面
Scene 1 · 子ども1人
容器を履いて歩く
おもちゃの容器を空にして足を入れ、履いたまま歩き出す。やがて滑って後ろ向きに転倒する。(有効データ 18名)
Scene 2 · 子ども2人
ブロックの取り合いから噛みつきへ
ブロックを取られた子が取り返そうとして引っ張り合いになり、転倒。最後に相手の腕に噛みつく。(有効データ 17名)
Scene 3 · 子ども4人
遊びに入れない子
遊びの輪に入れない子が近づいたり離れたりを繰り返し、おもちゃを取り、最後に頭から突進して頭突きする。(有効データ 19名)
Fig. 2 — HMD(PICO4 Enterprise)を装着して実験に参加する保育者。
Fig. 3 — 参加者29名の基本プロファイル(年齢・性別・学歴・経験年数)。経験10年以上が過半数を占める。
03 · 結果
RQ1 · 個人差は捉えられるか
介入タイミングは全場面で広く分布し、大きな個人差を確認。場面の特定フェーズ周辺に介入が集まるクラスタも見られた。Scene 2と3の介入タイミングは強く相関(r = 0.75)した一方、Scene 1(単独児の場面)は異なる反応パターンを示し、社会的手がかりのない場面では行動指標が不安定になる可能性が示された。
RQ2 · 何が関連するか
重回帰分析の結果、介入が遅い ことと関連したのは、①職場の人間関係ストレスが低いこと、②子どもの自己解決を重視する信念(SCI: Facilitation)、③積極性(AS: Initiative)の高さ。逆に対人関係のストレスが高い保育者ほど早く介入する傾向が示された。
Fig. 4 — 3場面の重要フェーズ。いざこざが段階的にエスカレートするよう設計され、保育者が専門的判断を行う時間的余地を与える。
Fig. 5 — 介入までの時間分布。横軸は場面開始からの経過秒数、縦軸は人数。介入タイミングは広く分布し、場面のフェーズ周辺にクラスタが見られる。
KEY RESULT
主な関連(Scene 2・3の介入タイミングとの相関)
要因 方向 値
SCI: Facilitation(子どもの自己解決を重視する信念) 遅い介入と関連 r = 0.51(p = 0.04)/ 0.56(p = 0.01)
AS: Initiative(積極性) 遅い介入と関連 r = 0.72(p < 0.01)/ 0.65(p < 0.01)
NTSS: 職場の人間関係ストレス 早い介入と関連 r = −0.45(p = 0.07)/ −0.50(p = 0.03)
NTSS: 時間の欠如ストレス 早い介入と関連 r = −0.41(p = 0.10)/ −0.48(p = 0.04)
SCI: Facilitation × 頭部回転速度(視覚探索) 正の相関 r = 0.43(p = 0.02)
各要因に対応する質問項目(実際の質問文)
SCI: Facilitation(4問・4段階) 「ものの取り合いに介入する場合、最も大切なのは、子どもたち自身で問題を解決できるよう手助けすることだ」/「ある子どもがクラスのルールを守らなかったために起こったいざこざに介入する場合、最も大切なのは、子どもたち自身で問題を解決できるよう手助けすることだ」/「集団の中で仲間意識と調和感を育てるには、先生が子どもたちに代わって課題を解決するよりも、子どもたち自身が解決方法を学ぶ手助けをする方が大事だ」/「子ども同士の意見が違うことで起こったいざこざに介入する場合最も大切なのは、子どもたち自身で問題を解決できるよう手助けすることだ」
AS: Initiative/行動力(2問・5段階) 「何事にも積極的に動くほうである」/「いざという時に、すぐ行動できる」
NTSS: 職場人間関係のストレス(5問・5段階) 「他の先生同士の人間関係」/「自分と他の先生の関係」/「まわりの先生の態度と行動」/「先生同士が気持ちを一つにして向き合うことができない」/「他の先生と意見が一致しないこと」
NTSS: 時間の欠如によるストレス(2問・5段階) 「自分のプライベートな時間の欠如」/「休みが取りにくいこと」
補足分析 · 経験年数
経験と介入の遅さに一貫した関連は見られなかった。ただし25年以上のベテラン3名からなる小クラスタ(C3)は際立って早く介入し、共通して積極性・社交性の得点が低かった。経験と対人的不安が組み合わさると衝突回避を優先する「防衛的保育」に傾くリスクの仮説が示された。
Fig. 6 — 経験年数(横軸)と介入タイミング(縦軸)のk-means++クラスタリング。右下のC3がベテラン早期介入群。
補足分析 · 介入理由
事後質問紙では「そのような状況ではいつもこう行動するから」という回答が圧倒的多数。多くの参加者が習慣的な反応パターンで行動しており、場面設計が現場の日常的状況をよく再現していたことと整合する。
Fig. 7 — Triandisの行動モデルに基づく介入理由の回答分布。「いつもこう行動するから」(赤枠)が全場面で最多。
04 · 考察と展望
介入タイミングは単なる行動の結果ではなく、その前段の判断と観察スキルを内包するプロセスレベルの教育学的構成概念 として捉えられます。自己解決を重視する信念と能動的な視覚探索(頭部回転)の相関は、「介入すべきか見極める」という専門的裁量のプロセスを運動データから定量的に捉えられる可能性を示しており、保育所保育指針が重視する「子どもの自己解決を育む」実践の客観的評価につながります。
展望 1
VRによる専門性開発
自身の定量化された行動(タイミング・観察強度・動き)を保育指針由来の質指標と比較できる、省察と研修のためのツールへの発展。
展望 2
行動指標の拡張
視線方向や詳細な身体位置などの運動データを統合し、乳幼児保育の専門的スキルプロファイルの理解を深める。
展望 3
大規模検証
より多様で代表性のあるサンプルによる(理想的には異文化間の)大規模検証で、傾向の安定性と一般化可能性を確立する。
研究の限界
小サンプル(N = 29)・ベテラン層への偏り — すべての統計結果は仮説生成的な探索的知見
標準化と生態学的妥当性のトレードオフ — 表情のないCGや「触れる」のみの介入定義が現実の判断過程と異なる可能性
Scene 1(単独児場面)の信頼性が低い — 社会的手がかりのない場面では介入閾値が不安定
施設による謝礼の有無の差 — 探索的分析では有意差なしだが未測定バイアスの可能性は残る
出典: Owada, S. et al., “A VR-Based Method for Observing Caregiver Intervention Timing under Standardized Childcare Conflict Scenes,” International Journal of Information and Education Technology (IJIET) . Manuscript received January 16, 2026; accepted April 23, 2026. 本ページは上記論文の内容を紹介する目的で作成された要約であり、正確な内容は原論文を参照してください。